指導要録


 生徒の学籍・学習・特別活動・行動・出欠等について記録し、指導及び外部に対する証明等に役立てるための原簿。

 戦前期の学簿簿に代わるもので1949年から作成されるようになり、学習指導要領の改訂のたぴに改訂されてきた。

 91年改訂の要点は、

@「学籍に関する記録」と「指導に関する記録」を別葉の編製とし、前者は従来通り20年間の保存、後者はプライバシー保護の観点から5年間保存とする、

A教科学習の評価では絶対評価の「観点別学習状況」評価を基本とし、相対評価の「評定」「所見」は補足的なものとする、

B「観点別学習状況」は到達度を3段階で記入、「評定」は小学校低学年で廃止、中・高学年では3段階評定、中学校では必修教科については従前通り5段階評定、選択教科については3段階評定とし、「所見」は長所の記載を基本とする、

などである。

 なお「観点別学習状況」の評価は80年の改訂で導入された。

内申書裁判


 1974年、東京・麹町中学校の卒業生とその親が、在学中に麹町中全共闘を名乗り政治的活動を行ったという内申書の記載が原因で受験した高校すべてに不合格になったとして、記載内容の違法性を訴える訴松を起こし、内申書の在り方が社会問題化した.

 79年の東京地裁判決は原告勝訴としたが、83年の東京高裁は事実誤認や不合理な判断がないかぎり校長の裁量権を逸脱しないとして逆転判決を下し、88年の最高裁判決は内申書の記載載内容は生徒の思想・信条の自由を侵害していないとして原告の上告を棄却した。

 一方97年8月、母親が子どもの内申書の開示を求めた訴松では、浦和地裁は母親の靖求を退けた。

 アメリカでも学校評価の恣意性や不当性をめぐる訴松・異議申し立ては少なくない。

「imidas'99より」
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