2)昭和病院旧館・・・田村町
 (社)岩手建築士会が発行した「建築・いわて紀行」という本がある。庶民の洋風建築と言う項があり1ページ大の大きさに田村町の「昭和病院旧館」が掲載されている。急速に西洋文化が浸透していった大正デモクラシーの時代の建築物で、アイオン・カサリン両台風にも耐えきった建物だ。一関市史には現代建築の項目に「一関ハリストス正教会」「旧一関町役場庁舎」「旧一関小学校講堂」と並んで取り上げられている。
 大正14年の建築でモルタルを用いた市内の最初の建物と言われている。市文化財になった「一関ハリストス正教会」もとっくに解体され、一関出身のコンクリート工学の祖・阿部美樹志博士の設計による「旧一関町役場庁舎」「旧一関小学校講堂」もすでになく、市史に取り上げられた中では残るは「昭和病院旧館」のみである。江戸時代に関わっている間に、明治の建物が見えなくなり大正もこれ一つになってしまった。古いものが全ていいとは言わないが、最近の無個性な建築物が多い中で記念すべき建物ではないだろうか。
 ここを利用して一関縁りの島崎藤村や井上ひさし、阿佐田哲也記念館でも作れたなら、行政や中心部の人たちが声だかに叫んでいる「活性化」、市街地観光の大きな拠点になるのではないだろうか!
 現在、昭和病院が建て替えられているようだが、ひょっとしたら間もなく取り壊されるのかと、不安に思いながら掲載します。

1)建部清庵像・・・一関文化センター中庭

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