もちの話いろいろ。。。

 

平成に入ってから一関地方の伝統食である「もち」を見直そうという機運が高まりを見せている中「もちの里・一関」を広く市民に再認識してもらうとともに、全国に誇れる名物にしていくことを目指した多くの取り組みが行われています。ここではそれらの中から目に留まったものをメモしておきます。

もちりんぴっく(平成3年〜)

 近年は食の多様化と共に一関地方でも餅をつく回数も食べる回数も減ってきています。なかには1年間もちを食べることがなくなった人も結構いるようです。
 ふるさとのもち文化を残す再生するための活動として、新たなもち食の掘り起こしを目的に平成2年から「餅食推進協議会」、JAいわて南(現JAいわて平泉)が中心となって、もち料理コンテストである「もちりんぴっく」を開催してきました。
 平成3年から毎年開催されすでに20回を超えています。応募された新たな創作もち料理は500種類を越え、まさに一関はもち料理のメッカになろうとしています。
 JAのページに掲載されている2011年のレシピは「肉肉だんご入りネギソースあんかけもち」「黄金スイーツもち」「納豆揚げもち」「竹からうまれた姫餅」「黄金三昧」「ザ・餅 黄金惚れ」「プチモンブラン」「おもちでイタリアなサラダ」「麻婆もち」「くるくるちくわのおつまみもち」「焼き鳥風おつまみもち」「オレンジあん大福」「ガトーショコラもち」がありました。
 名前を見ただけでも王道のもち料理だけでなく、和洋中華のもち、おつまみ風の餅からまるっきりのスイーツまで多岐に及んでいるのが楽しいです。JAいわて南では一部レシピも公開しているので、おもち好きの方はぜひご覧ください。

 平成20年には「一関・平泉もち街道」がスタート。当時、一関市街地で25軒程のお店がもち料理を提供していました。現在はどうか?事前に確認した方が確実です。


参考資料:一関市広報、IAいわて南、餅学のススメ(一関市)

升餅(一歳児の歩き初め会)のこと

一升餅 子供の一歳の誕生日に「一升餅」を背負わせる行事が、全国的にあります。もともとは各家庭で行われていたものでしたが、当地方では核家族化の近年は次第に廃れて来ていました。
2000年代になって厳美町の「道の駅厳美渓」で(農事組合法人美の郷主催)「1歳児の歩き初め会」が3月に開催されるようになり、10年を超えました。また、花泉町の御嶽山御嶽神明社では春の例祭にあわせて「一升餅の祝い(1歳児お餅参り)」を開催するようになるなど、地域の応援で手軽に参加出来る機会が増えています。
 「一升」と「一生」を掛けて一生食べ物に困らないように、「一生丸く長生き出来るように」と願いを込めたものといいます。

 全国を見ると一般的には一升餅を子供に風呂敷等で背負わせ、一生の重みを感じさせると言う行事で、立って歩いてしまう子供の場合、わざと転ばせることもあり、この一升餅を「転ばせ餅」と云う所も有ります。また、九州から西日本にかけては「踏み餅」と言われ、一升餅を大地にたとえ草鞋を履かせ、餅の上に立たせるという祝い方もあります。
 また比較的西日本で多く見られるのが、もちの端に「そろばん」「ふで」「財布」を並べたところまで歩かせます。赤ちゃんが最初に掴んだ物で将来を占います。それぞれ商売人、芸術家、金持ちだそうです。

[MEMO]建前餅ではないので切って焼いて食べて良い。一升の白餅、五合の紅白餅、12個の丸餅というところもある。風呂敷の代わりにリュックを使うところも多い。

出前餅つき

 先般「祝い餅つき振舞隊」が20周年を迎えたという報道がありました。従来から一関では結婚式等で出席者や親族による餅つきも行われていて、何度かやらされたことがあります。
 それの延長上か?市内には「出前もちつき」というシステムがあり、「祝い餅つき振舞隊(平成6年)」や花泉の「出前餅つき隊(平成5年)」「厳餅隊」が、あちこちのイベントに出向き、餅つきを披露することがよくあります。
 餅つきというとテレビでクールポコのイメージがありますが、あの杵は横杵又は打杵(うちぎね)といい、江戸時代になってから使用されるようになったといいます。
 この地方では家庭では横杵を使うが、イベント等では棒状で端が太くなっている竪杵を使い、多人数で餅つき歌を歌いながら搗きます。これは千本杵といわれている搗き方です。竪杵は弥生時代から用いられたといわれ、一関地方だけでなく、近畿地方でも使っているところがあり、世界的にも穀物の脱穀やもみすりに使われているようです。
※正月の箱根駅伝で早大の応援に「花泉町」の餅つき隊の話題がテレビから流れてくるのは、すっかりおなじみになりましたね。


参考資料:一関市広報、IAいわて南、餅学のススメ(一関市)


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